チョコベリーの暮らしをちょっと豊かにするブログ

3児育児中のワーママです。ライフハック、子育てなど暮らしを豊かにするヒントや気づきを綴っています。

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女性の自立を訴えたアナキスト、伊藤野枝。3回の結婚、7人の子供・・・。情熱ある生涯の歴史小説「風よあらしよ」がすごい

こんな女性がいたのか。そう、驚かずにはいられませんでした。

 

大正時代に女性解放運動家として活動し、アナキスト(無政府主義)だった伊藤野枝さん。その人生は、女性として生まれたばかりに虐げられ、自由に生きることができない葛藤から、熱く文章を綴る文筆家として才能を発揮します。

 

3回結婚し、7人の子供を産みますが、その過程は出奔、不倫であり、子供は戸籍を届けないなど、とても通常では考えられない背景があります。そして最後は、憲兵に虐殺されるという最後を遂げています。

 

なぜこのような人生を送られたのでしょうか。1人の女性として、その生き方について考えてみたいと思います。

  

 

「風よあらしよ」とは?

 

大正時代の女性解放運動家であり、アナキスト(無政府主義者)であった伊藤野枝さんを描いた歴史小説が「風よあらしよ」です。著者は村山由佳さん。

 

村山由佳さんは恋愛小説が本当に素敵で、だからこそ「風よあらしよ」もきっと素敵に描かれているのだろうと思っていました。予想通り!素敵な文章が綴られていました。

 

けれど、伊藤野枝さんの人生は、事実は奇なりというほど数奇な運命。これは、大正時代という時代と、野枝さんの情熱ある性格から起きたことだろうと思います。あくまで小説であり、野枝さんの全てを知りうることはできませんが、まるで実際にいた人とは思えないほど熱意ある人だったことがわかります。

 

野枝さんの女性の自立心がすごい!

 

「風よあらしよ」を読んで印象深い3点

 

印象深い点はたくさんあるのですが、3点紹介します。

 

女性であるがために、「権利」が認められなかった時代があった

伊藤野枝さんは、貧しい家に生まれます。しかし、勉学に励みたいと思い、裕福な叔父に何通も手紙を出し、学校へ通わせてもらえることになります。どうして貧しい家に生まれただけで、勉強ができないのか。その思いは、手紙の文章からひしひしと感じます。これが、貧富の差に対する考えにつながっていると思います。

 

そして、叔父の家から学校に通うようになり、野枝は優秀な成績を収めるようになります。しかし、縁談がやってきて、野枝は好きでもない人と結婚することになります。このときの野枝の思いが、当時の女性の心理を表しています。

 

なぜ、女であるというだけで、人生が決められてしまうのか。自分で選ぶことができないのか。当時は、女は親が決めた相手と結婚することが普通であり、女性に選ぶ権利はありませんでした。ただ、家事をし、育児をすることが求められていた時代。そんな世間の考え方に対して、野枝は強く反発をしていました。

 

当時から今を考えると、随分変わったと思えるものです。女性は好きな人と結婚することができるようになり、仕事も選べるようになりました。このような時代になったのも、昔に女性の権利がなかった頃、野枝のように立ち上がって意見した者がいたからこそ、今の時代につながったのだなと思います。

 

大杉栄の「自由恋愛」に対する矛盾と集まる女性たち

野枝は、結婚させられたもののわずか8日で出奔します。先生であった辻と恋仲になっていたからです。その辻が野枝を引き留めるシーンが、本当にはっとするような描き方で・・・。さすが著者の村山さんだなあと思います。

 

好きな人と一緒になり、2児をもうけた野枝ですが、社会主義者の大杉栄と出会い、恋に落ちてしまいます。大杉は吃音があり、しゃべるとどもってしまう発音障害があったそうですが、辻への自己紹介では吃音がでない描き方をされています。これも村山さんの描き方がかっこいい。

 

当時、大杉には、妻の保子、愛人の神近市子がいました。大杉は、「自由恋愛」を掲げ3カ条を唱えていました。

一、お互いに経済上独立する。

二、同棲しないで別居の生活を送る。

三、お互いの自由(性的のすらも)尊重する。

これは、男性にとって有利なものであり、大正時代の女性にとってはとても不利なものです。なぜなら、女性の独立が難しいですし、性的に自由であると女性は非難の対象となっていたからです。

 

それを野枝も非難しながらも、次男を連れて大杉のもとへいってしまいます。こうした3角関係のところへ、世間の目を気にしながらも突き進んでしまう野枝は、本当に思い込んだら行動しないとすまない気質があったのだとしか思えません。

 

経済的に独立していない野枝を大事にする大杉を見て、経済的援助をしていた神近はその関係に耐えられず、大杉を首を刺してしまいます(日蔭茶屋事件)。

 

なんてこと・・・!

 

大杉は一命を取り留めますが、新聞は神近さんを擁護していました。このようなことが新聞に載るのかと驚くとともに、それはそうだと私も神近さんを擁護したくなりました。

 

大杉の自由恋愛の考えは、本当に男性にとって有利な考えであり、それなのに大杉に惹かれる女性が多くいたと言うことは、それだけ魅力をもってらっしゃったのだろうと思います。それとともに、そのような中に突き進む野枝の精神もすごいものだなと思えてなりません。

 

大杉との間の5人の子供。その名前と背景が興味深い。

野枝は、大杉との間に5人の子供をもうけます。その名前がまた興味深い!まずは長女。世間が悪魔と自分のことをいうので、「悪魔の子ならば魔子でしょう」と「魔子」と長女に名付けたのです・・・!

 

次女は、無政府主義者エマ・ゴールドマンから名前をとって「エマ」としますが、子供がいない家族に養子に出したため、次に生まれた三女にも「エマ」と名付けています。同じ名前をつけるなんて!とまたびっくり。

 

さらに四女には無政府主義者ルイズ・ミッシェル(女性)から「ルイズ」と名付けています。次に生まれた長男は、アナキストの革命家ネストル・マフノにあやかって「ネストル」。まるで外国人のような名前です。

 

極めつけは、戸籍をだしていないということ!野枝は、アナキストである自分たちが、政府のお世話になるのはずるいからだと説明しています。言われてみれば確かにそうですが、子供たちが国から得られる利益はどうなるのだろうと考えてしまいました。

 

大杉と野枝の生活はとても貧乏で、生活は大変だったようです。そんな中、大杉は無政府主義に関する講演をおこなっては、警察に捕まり投獄され、また出獄するという生活でした。とても穏やかとはいえなかったと思うのですが、そんな中でもたくましく生きていた野枝は、本当に肝の据わった方だと思います。

 

女性の生き方について考えさせられる本

 

野枝の最期は、大変衝撃的なものでした。大杉と共に甥の橘宗一を引き取りに行き、その途中で憲兵に連行され、暴行を受けて殺害されてしまうのです(甘粕事件)。

 

なぜこんなことに。そう思わずにはいられません。特に宗一はまったく無関係なのです。大杉と野枝を殺害して、どんなよいことがあるというのでしょう。誰かの指示だったのだと思うし、当時はそれだけ社会運動家を厳しく取り締まっていたのだと思いますが、本当に残念でなりません。

 

確かに、野枝は人の道として正しくはない行動をとってしまったという見方もできるでしょう。しかし、好きでもない人との結婚、女性の権利がない生活。そうした当時の制度が、野枝にとっては大変生きづらく、自由がないものだったのだと思います。野枝の生き方に共感することは難しいですが、女性を取り巻く環境に生きづらさを感じる方々の代弁をしていたとも思います。

 

今は、女性も自由に職業を選べるようになり、結婚相手も選べる時代になってきました。しかし、医学部入試における男女差別や、経営者の女性率の低さからも、日本という社会では男性への優遇が根強く残っていることがわかります。

 

女性の自立を訴えた野枝の声は、現在にも通じるものがあるのではないでしょうか。そう思えてなりません。是非一度手に取ってみてだくさいね。

 

 

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